新年開けましておめでとうございます。 2009元旦

昨年末の突然の経済状況の変化に、
なんでこんなことになるの?!どうしたん?!なんでぇ!?
サブプライムローンがなんでこんなことまで関係するん?!
なんで解雇!?建物が残っても人がいないとあかんでしょ、ここはほんまに日本?
まったくようわからんまま、年が明けてしまいました。

そこでこの正月休みは、切り抜きならぬ破り抜きしたまま積んである新聞と、
元旦の新聞5紙を読みまくりました。
いつもは一般紙と経済紙の2紙を宅配してもらっていますが、残り3紙も正月は読みます。

新聞5紙、読み比べです。

日本人の「流儀」こそ活路
日本版緑のニューディールを  環境の先導で成長を図れ
危機に欠かせぬ機動的対応「政治の体制立て直しを」
混迷の中で考える「人間主役に大きな絵を」
賢く時に大胆に、でも基本は市場を信ぜよ

これが各紙の社説のタイトルです。
そして各紙の名物コラムもそれぞれです。

産経抄
日本人は昔から言霊の力を借りて、危機を乗り切ってきた。
万葉集の大伴家持の歌、「新しき年の始めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事」は、
千数百年後の日本人へのメッセージではないか。

余禄
種田山頭火の日記「水仙は全く日本的な草花だ。花も葉も匂いも全てが単純で清楚で気品が高い」
雪中花の異名の通り、厳寒の空の下でも凛とした姿の水仙は希望にたとえられる。
この冬の景色の社会にも水仙の群れ咲く場所は必ずある。

編集手帳
寒い朝の窓の結露は、暖かいものと冷たいものが接触して出来る水滴。
凍えた心が、人の優しさや気遣いに触れて目に涙するのと似ている。
心痛む出来事を報じる記事が多い新聞だが、暖かい息で曇る窓でありたい。

天声人語
世が乱れると天に意思があるように英雄や偉人が輩出される。
今年生誕200年のリンカーン米大統領もそのひとりだろう。
そのリンカーンが就任の宣誓に用いた聖書を、オバマ次期大統領が就任式で使う。
世界が今、英雄を必要とする時代だとオバマ氏は承知しているのだろう。
さて我が与野党はどうだろう。天に意思がないのかとため息をつかずとも衆院選挙が秋までにやってくる。
一票を研ぎ澄ましておいて、天ならぬ民の意思で良い事をぐいと引き寄せたい。

春秋
ものみな凍りつく経済危機の中で新年を迎えた。
しかし、例えば私達の国は、かって敗戦で破滅を体験しそこから甦った記憶を持っている。
まだ60年ほど前の風景である。戦後初めての丑年は1949年、
証券取引所が再開され国鉄の特急列車が復活、湯川博士がノーベル物理学賞を受けている。
立ち直りの早さは、国際社会の援助があったにせよ、ひたむきに生きた一人ひとりの底力ゆえだろう。
過去と未来を思い巡らせば、また新しい景色が見えてくるかもしれない。


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若い頃、新聞は絶対だと思っていました。今も新聞は大好きです。
家事も仕事も全部終わり、家族みんなが元気で一日が終わって、さあゆっくり新聞を読む、
この時間は至福の時です。

若い頃、ニュースは間違いがないと思っていました。
社説なんて絶対でした。コラムは文章のお手本だと思っていました。
時代が変わったのか、私が歳をとったのか、
新聞もTVもニュースは間違いがない、なんて全く思わなくなっています。

宅配の新聞を読んでいて、そうかなあ、ほんまかなあ、と思っていたら、
他の新聞の主張は、私の思っている方向だったと知った時、ガッテンしました。
社説も新聞によって主張が違うことを知ったのはもう何年前でしょうか。
無知でした。
新聞それぞれの主張が違うことを知り、新聞を取っていない家庭があることを知って、
唖然、愕然、びっくり仰天したのはもうずいぶん前です。

私は活字が好きです。やっぱりパソコンよりも紙です。
年賀状も印刷よりも墨で書きます。

世の中に流されず、自分の頭と身体で知ったこと感じたことに正直に、
まじめに、と言う意識もなく、ごくごく当たり前に、
バブルに乗ることもなく、不況だ、不況だの言葉にエライコッチャと慌てることもなく、
そんな生活している身には、
世の中に流されたらあかんよ、流れが間違ってることもあるよ。
ただ淡々と自分がやるべきことをやっていけば、必ずうまいこといくよ。

そんなことを思った新しい年です♪

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